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ぽろりの北国街道一人旅

さて、少し前になってしまいましたが、
久しぶりの一人旅レポートです。
今回の行き先は、渋いっすよ。
福井と滋賀です。

さる9月22日~24日の3日間、
北国街道に沿って南下してきました。
まあ、ほんとに一部しか回れなかったんだけれども。

9月21日夜の新宿駅発夜行バス利用にて22日の早朝に福井入り。
この福井行きのバス、無いんですよ。
あんまり行く人もいないからなのか、
隣の石川の金沢行きはたくさんあるんですけどね。

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で、福井駅はこんな感じです。



ますは福井といえば北の庄ですかね。
織田家随一の猛将とうたわれた柴田勝家が
北陸方面の軍団長をしていた時の本拠地です。
もともとは信長の弟方だった勝家は、
他の服従武将と同じように前線での仕事を与えられることが多く、
結果を出したので重臣として重用されたようですね。
たいがいの服従武将はさんざんこき使った挙句
追放の憂き目にあわせるのが信長のやり方ですが、
かれはきちんと結果を残したが為に軍団長にまでのぼったのですね。
しかし、残念なことに最終的には賤ヶ岳の戦いに敗れ
そのまま落城、自刃します。

しかし、この北の庄跡はなんか味気ないというか・・・
建物に囲まれてしまっているあたり夢が無い。
でも、当時の遺構もしっかり残ってはいますけど。

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e0082441_23522373.jpg勝家の銅像です。
これほどの武将がこの扱い。
なんかなぁ。


さて、期待してた分ちょっとがっかりな北の庄ですが、
盛時には巨大な天守を備えた城だったとか。
その面影もありませんが、想像の中に夢を抱くのが史跡めぐりの醍醐味ですからね。

e0082441_23525621.jpgここで、ちょっと小腹減ったので蕎麦をいただきました。
うーむ、蕎麦ってのはどこで食ってもうまいものだ。


さてさて、お次は福井城跡。
なんとここはいまや県庁が占めてしまっています。
広さから言ってかなり巨大な城だったと思いますよ。

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かなり立派なお堀ですね。



e0082441_23535941.jpgこの城の初代城主は結城秀康。
家康の次男です。


家康の次男ながら冷遇され続けた秀康。
関ヶ原の戦い後にその功績を評価され加増第一位になりましたが、
江戸から遠く離れたこの北国で何を思っていたのでしょうか。

e0082441_23544285.jpge0082441_23545360.jpg福井城天守跡です。
綺麗な芝生の公園になっています。
平日は県庁勤務のおねえさんが
ランチでもしているのでしょうか。



さて、日もやっとしっかり登ってきて暖かくなったので、
いよいよ移動です。
次はこの旅の一番の目的地、一乗谷です。

一乗谷。
ここは越前朝倉氏の本拠です。
以前も話しましたが、越前は戦乱の世の中において
「静かにて治まる国」といわれたところです。
その首都一乗谷は最盛期には京以上に京文化が発達し、
将軍さえも迎え入れたことのある場所です。

e0082441_23554565.jpg福井駅から一乗谷方面に出る電車。
きゃー、本数少ねえ!


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いやー、きたよ。
きちゃいましたよ、一乗谷。


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見渡す風景は
どこまでもどこまでも
のどかなのです。


e0082441_23581044.jpgまずは駅前にある朝倉資料館へ。



ここでは一乗谷から発掘されたものの展示が行われています。
興味深かったのはやはり生活様式の解説。
歴史上、貴族の生活は後世に伝えられていきますが、
なかなか庶民の生活はなかなか知ることができません。
そういった意味で、武士の食事の様子、娯楽、
その他様々な生活様式を解説しています。
はっきり言って勉強になりますよ。

余談ですがここでイマドキのカップルを見かけました。
その話を盗み聞きしてたんですが、
いやー奥が深い。
脱帽でした。
オレももっと勉強します!

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朝倉義景です。
撮影禁止と知ったのはこの直後です。


いよいよ谷に向かいます。
のどかな田園風景。
かなり暑い(35度だったそうです)。
爽やかに吹き抜ける風。
ああ、本当に気持ちいい。

一乗谷の全体図はこんな感じです。
まさに谷です。
入り口は狭く山に挟まれているので防御に適しているのでしょう。

まずは入り口。
下城戸です。
京都に近い方が上、遠い方が下なのでこういった名前がつきます。
普通観光客は北側から来るので下城戸から入ることになります。

もちろん入り口なので、ここが一番の防御の拠点になるわけです。
巨大な土塁で谷の入り口をふさぎ、ごく一部を切り通し状にしています。

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かなり細い入り口になってますね。
厳重な警備がひかれていたことが、
容易にわかります。


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かなり大きな岩が使用されています。
贅沢ですね。


続いて一乗川沿いに歩いていくと、朝倉景鏡の屋敷跡に来ます。
この朝倉景鏡、非常に重要な人物です。
当主義景の従兄弟です。
一門衆の中でも最も権勢をふるっていたといわれています。
朝倉が織田に攻められ滅亡直前、
義景に一乗谷から大野(今の越前大野)に落ちることを進めたのですが、
義景を裏切り自害させてしまってます。

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屋敷跡です。
ど真ん中に道が走っているのですが、
それでもかなり広いです。


朝倉家初代当主孝景の教えで、
当主以外の館には堀を作ることを禁じられていましたが、
景鏡は義景の館以外で唯一堀を備えた屋敷でした。
それだけの重臣であったのです。

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左が土塁、右が堀跡。


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本当にのどかです。


この一乗谷の史跡、特筆すべき史跡なのです。
谷全体、実は朝倉氏滅亡後数百年の間、
ずっと土に埋めれていたままでした。
発掘が進んだのは近年に入ってからです。
そのため、保存状態が非常によいのです。
ここまで保存状態がいい史跡は珍しいのではないでしょうか。
地元の人たちの熱意と協力というものもあって、
ここまで素晴らしい遺跡になっています。
本当に関係者の方に感謝です。

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町並み跡。
区分けはもちろん竈の位置、井戸の位置、洗い場の位置など、
各家ごとに残っています。


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こちらはお墓跡。
同じように区分けがはっきりしています。


そのまま進んで行くと義景館跡にたどり着きます。
ここは一乗谷の遺跡の中で最も広い場所です。
もともとは義景の館、その後義景を弔う寺が建てられ、今は門だけ残っています。
この門は桜が背後に立っているのですが、
その写真が有名なので見たことがあるかもしれませんね。

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この義景館跡ですが、やはり当主の館だけあって、非常に趣き深いのです。
館の背後には山があうのですが、
底には庭園が続き、母や側室の屋敷があります。
その庭園の規模・趣向の濃い作り、高い文化レベルを感じます。

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左側の庭園には、
実際に水が流れています。


はいここで休憩。
なんていってもこの日暑いのよ。
おかげで日には焼けましたが、もう脱水状態。
何本飲み物買ったか。
でも、涼しいと味気ないから暑くて本当に良かったと思います。

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おだんごいただきました。



ここからまっすぐ行くと上城戸にあたります。
下城戸から上城戸までが町の中にあたります。
が、実際には上城戸の外側にも遺跡は続いていきます。

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上城戸。
これも保存状態がいいですね。


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御所・安養寺跡です。


ここは、将軍足利義昭を一乗谷に迎えた時に、
住居として使用したところです。
将軍を迎えるにあたって「門外」とは。
実際はこの奥にも街が続いていたのでしょう。

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一乗谷の遺跡には細かいところにも
こうやって案内石があるので
非常に親切です。


ちなみに一乗谷では武家屋敷・町屋敷が復元されています。
これも、実際に発掘が進んでいるところに作成されているので、
非常にわかりやすいです。
いやあ、本当に素晴らしい遺跡です。

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がーっと突っ走ってきましたが、一乗谷にいる時間も限られてきたので、
なくなく後にします。
本当は義景館裏の城山にのぼって、
一乗谷城跡も拝みたかったのですが、
なんてったって毎度の事ながらの強行スケジュール。
分刻みなのです。

のわりにはですね、オレにしては珍しくタッチの差でバスに間に合わず、
一乗谷から福井市街までタクシーを使うという暴挙に出なくてはならなくなりました。
まあ、おかげで福井から特急に乗らなくて済んだので相殺ってところですかね。

さてタクシー降りた2分後には電車に飛び乗った(ギリで)ぽろりの向かう先は、
敦賀です。
おおー、敦賀。
昔、桃鉄やった時この地名がしらなくて。
高校野球で敦賀気比高校が出るようになって読めるようになったのですよ。

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いやあ、本物です。
ここまで来ちゃうとは。


敦賀は朝倉氏の出城、金ヶ崎城がありました。
ここは要所の守りとして朝倉氏の拠点の中でも重要な位置を占めていました。
信長が朝倉攻めの時の浅井長政裏切りの際、
お市の方から両端を結んだ小豆袋を受け取り、
長政謀反を知り単騎京都に駆け戻ったという逸話の誕生したところです。

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信長最大の難関を乗り越えたということで、
今では受験の神様になっているようです。


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が、なぜか恋の神様にもなっています。
そのゆえんは・・・


むしろこの城は南北朝時代の
新田側の玉砕の地としての方が有名ですね。
あまり詳しくは知らないのが残念です。

さてこの金ヶ崎城、名跡なのに取り巻く環境は
かなり厳しいと言っても過言ではないでしょう。
月見台というかつて天守があったと想像される高台が一番の見ものなのですが・・・

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これが月見台からの風景。
うーむいい景色・・・


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では全く無いです。
これは厳しい。


さて、福井県の名物といえばなぜかカツ丼なんです。
これは知りませんでした。
しかも見慣れた卵とじのものではなく
ソースひたひたになってるソースカツ丼なんです。

敦賀より先は福井を脱してしまうので
ここで食べなければもう食べる機会が無い!
ってことで駅前でいただきましたよ。

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おほほーう。
これ、すっごいうまいよ。
素朴でいい感じでした。


ここからは北陸本線を南下し一路米原方面へ。
宿は長浜にあり、です。
この度の宿は2泊とも三谷旅館さんです。

東京から予約の電話をしたとき
「1泊目は学生さん9人様がいるんですけどね、うふふー」
と少し困ったようにおかみさんが笑ったのを聞いて、
「あ、ここにしよう」と思いました。
それくら感じが良かったのですよ。
実際泊まっても非常に家庭的でいい人達でした。
学生もうるさくなかったし。
一応耳栓は用意したけどつかうこともなかったでした。

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こんな町家風のいい旅館です。
しかも素泊まり4000円


今日はかなり歩いたので足が棒ですが、
三谷旅館さんで近くの飲み屋さんの割引券をくれたので、
折角なのでちょっと一杯引っかけに行きました。

e0082441_0152478.jpg
名前忘れてしまいました。
なんて読むんだっけなあ


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小鮎のてんぷらです。
ビンビール一本で酔い酔いです。


さて、酔ったところで気分良く長浜散策しました。
長浜には「黒壁」と呼ばれる一角があります。
昔の宿場町の町並みを保存しているようなところです。

e0082441_0162028.jpge0082441_0163248.jpg左:長浜の街並み
右:町のシンボル大通寺、三谷旅館のすぐ裏でした


これで1日目は本当に終わり。
旅館に戻って2分で寝ました。
いやー、滝川クリステルー,zzz・・・
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by porori001 | 2007-10-17 00:17 | ぽろりの北国街道一人旅

ぽろりの北国街道一人旅~2日目~

おはようございます。
二日目です。
朝もばっちり目覚めがいいのが旅の嬉しいところ。
朝から行くよ、攻めちゃいますよ。

本日のオレの目的地はまずは横山城跡。
ここは、浅井家きっての猛将磯野丹波守員昌の居城だった所です。
まあ、城主はいろいろと変わっていっていますが。

小谷城防衛の一大拠点となるところで、
浅井家の出城の中でも最も重要な城の一つです。
お市の方も浅井長政に嫁ぐときに
伊吹山の雪を見上げてこの横山城に滞在しています。
また、織田信長が姉川の合戦に勝利した後この横山城を占拠していたため、
浅井家の支配エリアは小谷城下のごく限られた部分しかなくなったといわれています。

長浜駅から自転車で30分もかからないですかね。
今は石田山公園という名前になっています。
入り口は3つあるのですが、オレは日吉神社側から登ろうとしました。
登ろうとした、というのはどういうことか。
はい、登れなかったのです、ここまできて。

以下理由。
1・前夜の少しの雨で山道グチャグチャ
2・蜂の大群がぶんぶん
3・ただでさえ藪道なのに何重ものくもの巣
これ以上にオレの戦意を喪失させるものがあるでしょうか。
まあ、ここはまたいつか来ます。

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左:日吉神社鳥居
右:横山城登山道入り口


さて、この付近の住所は石田。
文字通り石田三成にちなんだ場所です。
生誕の地だそうですよ。

e0082441_2223554.jpg人気も無いところに生誕碑がたっていました。
これ、気付くのかな・・・


いいさいいさ、横山城よりもっと見たいものがあったので、いいさー。
って、何かって言うと「遠藤塚」です。

浅井家には遠藤喜右衛門尉直経という武将がいました。
オレの最も好きな武将の一人です。
彼は姉川の合戦で戦死します。
その際、敗色濃厚の浅井軍を見、最期の行動に出た逸話が有名です。
見方の敗残将の首を持ち信長陣中に単騎突入します。
信長軍の武士のふりをし「浅井軍の武将の首を取ったのでその報告がしたい」と言って、
信長を探します。
信長と刺し違えるつもりだったのですが、信長まで数メートルに迫った時、
竹中半兵衛の弟に見抜かれ討ち取られたといわれています。
このエピソードはどこまで真実かはわかりませんが、
逸話が多いのが特徴の武将です。

その他、信長と縁戚になった後信長が数騎で北近江にきていた時、
今後の憂いをなくすために暗殺を勧めたり、
信長が朝倉攻めを敢行した際、家臣の多くは離反を支持したが、
すでに信長には勝てないことを悟った直経だけが反対していたとも言われています。

この遠藤塚、姉川の合戦の際、直経が討ち取られた場所だそうです。
田んぼの中に突然現れるのですが、
地元の人の強い尊敬を受けているのでしょうか、
いまでも綺麗に供養され続けています。

e0082441_22449100.jpge0082441_225398.jpg左、遠藤塚
右:塚の横に立つ説明版。
  元々は場所が離れてたらしいですが
  ここに戻したそうです



e0082441_226874.jpge0082441_2261821.jpg
左:遠藤塚から横山城を見る
右:遠藤塚から小谷城を見る
  彼はどちらにも戻ってきませんでした。


さて、横山城の端には前方後円墳があるのです!
オレ、生まれて初めてみたよ、古墳。

e0082441_22105659.jpge0082441_2211561.jpg古墳中景
右:看板、手前にはなんと姉川までの指示板が


って、行かないわけにはいかないじゃないですか。
まあ、姉川の合戦場は以前も言ったのですが、ここから500Mだっていうからさ。
って、またまたやってきましたよ。
なつかしいなあ。

e0082441_22131082.jpge0082441_22131742.jpg左:まあ、看板ですね
右:布陣図があるのです。


姉川の合戦では浅井朝倉連合軍対織田徳川連合軍が戦いました。
当初は人数の少ない浅井軍が優勢でした。
朝6時前、深いもやの中で信長軍が動き出そうとした時、
浅井軍の先鋒はすでに川を渡り終えようとしていたといわれています。
浅井軍は織田軍に優勢でしたが、朝倉軍は徳川軍に押し込まれます。
朝倉軍は当主の義景ではなく一門の健景が総大将でした。
ああ、このとき朝倉側に義景がきていれば朝倉軍の士気も高くなっていたのに・・・
義景の馬鹿あ!
結局お昼前に合戦は終わり、姉川は血で染まったといわれています。

e0082441_22133984.jpg姉川はその後何を見てきたのでしょうか。
ここで激戦があったとは想像できないくらい穏やかです。



さて、突然ですがここで今回の旅のオレの相棒を紹介しましょう。
名前は「かっとびハヤブサ源吉くん4号」、ツルモクのパクリです。
以下「かっとび」と略します。
1号2号は実家に、3号は現在用賀で乗っています。l
いやあ、こいつじゃじゃ馬なんだよ。
文字通りお尻が痛い。
でも、悪路にも耐え頑張ってくれました。

e0082441_2220725.jpgこれで何十キロも走ることになるとは思わなかった。
窓口の女性が綺麗だったのを覚えています。


さあ、ここからは結構走ります。
目指すは柏原、遠藤直経の本拠地、須川に向かいます。
国道沿いじゃつまらないのでいろいろ田舎道はしってみました。
田んぼと山が延々と続いていきます。
左手には伊吹山が見えますが、
残念ながら雲がかかり写真には適しませんでした。

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一番奥に雲に隠れて裾だけ見えている山、
これが伊吹山です。



走ること2時間ちょい?
須川の集落にたどり着きました。
ここは本当に小さな集落です。
広大な田んぼの中、山沿いの少し高台になっているところに集落があります。
なぜかみんな古風な立派な家なのですよ。
これは遠目からも壮観でした。

e0082441_22205013.jpgみんなこの辺の農家なんでしょうか。
家がでかい、かっこいい!


ここは、遠藤家か拠点にしていたところですが、
直経のときは重臣は皆小谷城下に住んでいたので、
この須川城は直経の息子が守っていました。
今は須川観音堂として祀られています。

e0082441_22215961.jpge0082441_22221221.jpg

e0082441_22263148.jpge0082441_22264274.jpg少しですが石垣も残っており、
この奥の池はお堀跡かなとも思います。


ここいらへんは少し山に入るところの最後の平地ってかんじで、
すごいのどかなところでした、
少し行くと柏原駅なんですが、柏原宿の名残がほんの少し残っている地域らしいです。
三谷旅館の人に教えてもらったんですが、
残念ながらその名残はオレは発見できませんでした。

ここからは趣向を変えて単純に田舎道サイクリングです。
しばらくは目的地も無いので、中仙道沿いに西進。
といっても、街道沿いではつまらないのであぜ道とか小川沿いとか走ってました。
おかげで何回引き返すことになったか。

e0082441_223127100.jpg旧道と現国道の分岐点です。
旧道行きたかったのですが、
山道にチャリは無理ですね。


んでとりあえず米原まで行ってみることにしたんですよ。
なんでかっていうと若干お腹すきまして。
はい、この日はなんも食ってないんじゃないか?
米原って新幹線もとまる町だし結構いろいろあるんじゃないかな、という憶測です。

e0082441_22512026.jpg
米原駅です。
昔父親からキーホルダーもらった時は、
ヨネバラだと思ってました。


ところが駅前とかにもあんまり何もなくて、
マックとスーパーしかないから、まあいいやってことで続行です。

ここからは一路琵琶湖沿いを北上します。
湖岸通りだったっけかな?
とりあえず琵琶湖沿いにずーっと道があるのですよ。

e0082441_22542663.jpgこんなにマジマジと琵琶湖を見る機会もない。
しばし感動に浸ってました


そういや、以前京都に行った時に唐崎の松あたりは琵琶湖沿いだったんだけど、
日がくれて真っ暗で何も見えなかったんだよな。
ああ、これが近江の海かぁ。

と感動しているのも最初だけ。
この道、風が強いんですよ。
1日田舎道走ってきたぽろりの足も限界に近づいています。
かといってかっとびを捨てておくわけにも行かない。

どうすんだよこれ、などと答えなんてわかりきっている問いを、
何万回も自分に浴びせながら走ってました。
これが無我の境地、なのか?
何か考えるとキレそうだから無心でチャリをこぐオレの姿は、
はたからみたらどんな感じだったでしょうか。
長浜まであと少しという標識が見えてきて本気で涙したくらいです。

さて、この日最後の目的地、徳勝寺です。
ここは長浜の外れにある小さなお寺です。
背後に巨大なマンションが建っていて、遠目にはかなり味気ないですが、
今回の旅の中では結構重要な場所になります。
ここは浅井家三代の菩提が弔われているところなのです。
元来は小谷城下の清水谷にありましたが時を経てここに移設されたそうです。

e0082441_22551485.jpge0082441_22552346.jpg本当に小さなお寺です。
拝もうとしたら犬に吠えられました。


さて、菩提を弔っているといえばこれが無いわけがありません。
そうです、お墓です。
もちろん骨があるわけではありません。
が、浅井家三代の正式な菩提寺として存在している以上、
ここが正真正銘浅井家のお墓なのですね。

e0082441_22553685.jpg
左から長政・亮政・久政のお墓です。
ああ、ここに眠り続ける羽目になるとは・・・
せめて静かに眠ってくださいな


ここで、長浜に戻ってきたって事で軽く腹ごしらえ。
うどんです。
ほんとは別のものを食べたかったんだけど、
夕飯まですぐだし軽くでいいやってことで。

e0082441_2255524.jpgほんとはのっぺいうどんを食べたかったのだが、
お店を間違えました。
でもさっぱりしてて美味かったよ。


ちょっと飲むには時間も早いので、
長浜の町を散策してみました。

e0082441_2256788.jpg長浜城。
オレは秀吉嫌いなので、
今すぐにでも燃やしたい。



ちょっと不思議に思ったのが、長浜と浅井に住んでいる人たちの想い。
なぜなら駅で二つくらい隣の町は浅井家の本拠。
その浅井家の本拠小谷城を攻め落としたのは織田軍。
先鋒は秀吉であり、その功を認められ秀吉は長浜城を与えられました。
長浜に来て初めて城持ち大名になったのです。

浅井に住む人たちは自分たちの地元の英雄を攻め滅ぼした人間が
作った町が目と鼻の先にあることに対しどう思うのでしょう。
オレだったら長浜って名前聞くだけで嫌になると思うのだが・・・

まあ、そんなことどうでもいいか。
酒、酒、酒。
もう暗くなってきたしいいでしょ、飲んでも。
一旦三谷旅館に戻ってひとっ風呂浴びて休憩してから出発!

今夜のお店は・・・、楽庵さん。
昨晩散歩してて目の前通りかかったんだけど、
すごい感じよさそうで絶対今日はここにしようと思っていたんです。

e0082441_22564428.jpg
入り口です。
素敵です。


このひはオレがのぞいたときがたまたまタイミングよく一人分席が空いてたんだけど、
オレの後ろからは断ってました。
ラッキー!

ここでは結構飲みましたね。
お店の人とも結構会話が弾んで。
実はここの店長さん、オレと同い年なんですよ。
しかも銀座のお店で働いていたというこてこての江戸っ子らしいです。

親戚が長浜にいて関西に料理を勉強しているうちにお店を開いてしまったそうです。
長浜は観光地なのでたいがいの飲食店は観光客相手の商売路線らしい。
この店は地元の人相手を貫いているそうです。
なるほど、地元の若い女の子達がいるいる。

だからメニューも「琵琶湖特産」とか「北近江名産」とかのものはつかわない、
普通に会社帰りのオレらが普段飲み屋で食べたいと思うものを逆に選ぶらしいよ。
それがいいかどうかはわかりませんが、少なくともうまく行っているようです。
長浜で飲む人たちの絶対数が少ない中で、パイの取り合いはしないってことですかね。

e0082441_22573228.jpg
おススメの秋刀魚です。
北近江、全く関係なし。


結構飲んだかね。
昨日と同じように小雨降ってますが気にせず散歩です。
夜の散歩ってすごい気持ちいい。
ああ、古い町並みっていいよなあ。

三谷旅館に戻ってみたら、
何か知らないけどオレが今日1日チャリで行動してたことがばれてる。
ご主人も「あそこまで自転車で行ってきたんですか!」と驚いてました。
そりゃそうだよ、走ってるオレだって「これ、帰りはやばいだろうな」って思ってたもの。

おかげで今夜はぐっすりさ。
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by porori001 | 2007-10-16 23:49 | ぽろりの北国街道一人旅

ぽろりの北国街道一人旅~3日目~

さて、今日でこの旅も最終日です。
三谷旅館さん、すっごいいい人たちだったな。
長浜に来ることはしばらく無いだろうけど、
もしまた来る機会があったらぜひとまりますよ。

今日の工程は長いので電車の移動がメインになります。
まずは北陸本線で長浜から北上します。
河毛駅下車。

そうですよ、本日は小谷城下まで足を伸ばすのです。
うわー、すっげえ懐かしい。
前に来たときも同じような時期だったけど、
ああ、すごい懐かしい!

e0082441_2259513.jpg
長政&お市。
この銅像はどういうコンセプトなんだろう・・・


ここでも、チャリが有効手段です。
余談ですがこの旅でチャリの有効性を勉強しました。
今後、いろんな旅で使うことになりそうだな。

前に来たときは小谷城まで結構長い道歩いた気がしたんだけど、
今走ってみると結構そばだったんだね。

e0082441_22592585.jpg
辻々にはこのように小谷城まで
道が案内されています。


e0082441_2303752.jpg
小谷城跡全景。
これ近くまで行くと
すごい標高高い山なんですよ。


e0082441_231472.jpg
小谷城跡のふもとにある案内板。



小谷城は戦国史上有数の山城でした。
落城してから特に誰もいじらなかったので、
土塁・石垣などかなり当時のままの形を保ってます。

e0082441_2321449.jpg
小谷城跡登山道。
一軒舗装された綺麗な道ですが、
しばらく進むと大手門あたりから獣道のようになります。


さて、今回の目的地は小谷城下。
けして、小谷城ではありません。
小谷城は前回登ったので今回はスルー。
(まあ、ちょっと見たいものがあるのであと1回は最低行かないといけないのだけど)

小谷城下の中で来たかったのは小谷寺。
お市の方が長政の菩提を弔うために松の木を植えたというお話があります。
その切り株が山門の横にあります。
が、その写真が無いのです。
確かに撮ったはずなのに残ってないでのです!
なぜに!

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入り口から見た小谷寺。
静かですよ。

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三門。
この下に切り株があります。

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お稲荷様がありました。

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鐘です。
これが鳴り響くのは
どういうときだったのでしょう。

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小谷寺中景。


この寺は元々400Mほど離れた場所にありましたが、
小谷城落城時に焼失。
その後、秀吉と家康の命で復興されたそうです。

この寺の背後に回ると少し山の中にいけるのです。
が、横山城のように今回も行けませんでした。
蜂です、またもこいつらです。
なに?今って蜂が出る季節なの?
1・2匹ならいいんですが、その数半端無いんですよ。
ここまで多いとおぞましいよ。
だけどこのお寺に来るのは念願だったのでかなり満足ですよ。

さて、お次は小谷城下にある重臣町跡っていえばいいんですかね。
清水谷です。
この清水谷というのは小谷城に深くくいいる形で存在する谷です。
ここには浅井家のなかでも重臣が集められ住ませられてました。
前出の磯野員昌の館も遠藤直経の屋敷もここにありました。

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小谷城全図。
二つの尾根に城が続き、
間の谷に街が存在していることがわかります。


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いたるところにこういった石板があり、
史跡を解説しています


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この道は小谷城の大手門に続きます。
清水谷と城を結ぶ道の一つです。


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清水谷へ続く道。
この先に遠藤直経館跡もあります。
ここから先が清水谷の面白いところです。


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しかし、こんな看板があったために
先に進めませんでした。
ああ、オレってへたれだ・・・


ってことで、ここまで来て清水谷の醍醐味を体験しないまま
小谷城下を離れることになりました。
まじすか・・・

ここでタイムアップ、名古屋まで延々電車に乗り名古屋からのぞみで帰ります。
のんびり電車で寝てもいいし、景色を見ててもいいし、
帰るの嫌だけど次の日から仕事だからなぁ。

やはり北近江というのはいろんなものが野ざらしで残っていて本当に面白い。
本当はもっと大切なものもあったのかもしれないけど、
全部を見るのは不可能ですよね。
またいろんな本とか読んで興味が出てきたら来たいと思います。

オレの旅にはあんまり人は登場しません。
なぜならそういうの苦手だからです。
ほとんど一人ですし、話すことも無いです。
今回はほとんど鼻歌歌いながらチャリをこいでいる旅でした。
でも、こういうのが本当に好きなのでめちゃめちゃ良い旅でした。
ああ、田んぼと山っていいなあ。
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by porori001 | 2007-10-16 23:43 | ぽろりの北国街道一人旅

ぽろりの北国街道一人旅~オマケ~

ここから先はオマケ。

名古屋にきたら名古屋飯でしょ。
で、名古屋といえば味噌煮込みうどんでしょ。
で、味噌煮込みうどんっていえば山本屋でしょ。

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味噌煮込みうどんです。
関東者のひ弱なオレは麺柔らかめでたのみました。


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看板です。
ちょっと恥ずかしかったけど、
まあいいでしょ。


ああ、満腹満腹。
これが味噌煮込みうどんか、などと言っていたら、
すぐ隣に寿がきやが!
いや、これは行かない理由が無い!
ってことで、2分もたたずにはしごです。

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おお、これが有名な寿がきやか!
カップ麺でしか食べたこと無いですからね。


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おお!
カップ麺のまんまの味ですよ!


この跡はしばし名古屋観光。
これはきつい。
このお腹の状態で歩くのはかなり厳しいよ。

さて、名古屋名物といえば名古屋城?
もちろん城巡りを締めくくるにはこれくらいの城でなきゃ。
別に興味ないけど。
って、入るのにお金がいるんだってさ。
はい、却下。

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名古屋城は空堀なんですね。


あとはもううだうだ。
お茶したり、お茶したり、お茶したり、迷ったり。
で、なんで名古屋にこんなに滞在したかって言うと・・・

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モリヒデと宴会が待っていたのです!


いやあ、飲んだ飲んだ。
久しぶりだからすげえ飲んじゃったよ。
いろいろ語ったねえ。

モリヒデは彼女連れて多治見に戻ったんだけど、
オレが飲みに誘ったら即答でOKでした。
そん時に「いや、僕もぽろりさんに話したいことがあるんですよ」とか言ってたから、
なんか怪しいなとは思ったんだが。

来年の5月に結婚するって話だったんだ。
ところがどっこい何か一年ほど延期するらしくて。
その話からスタートなんで二人がん飲みですよ。

まあ、ほとんど馬鹿な話だけど、
オレにしては珍しくいろいろまじめな話もしたねえ。
気付けば最終ののぞみまであと10分!
猛ダッシュでお会計して駅まで突っ走りました。
ここから先はどうやって家に帰ってきたのか記憶が無いです。

モリヒデ、また飲もうぜ!
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by porori001 | 2007-10-16 23:41 | ぽろりの北国街道一人旅