2007年 10月 16日 ( 3 )

ぽろりの北国街道一人旅~2日目~

おはようございます。
二日目です。
朝もばっちり目覚めがいいのが旅の嬉しいところ。
朝から行くよ、攻めちゃいますよ。

本日のオレの目的地はまずは横山城跡。
ここは、浅井家きっての猛将磯野丹波守員昌の居城だった所です。
まあ、城主はいろいろと変わっていっていますが。

小谷城防衛の一大拠点となるところで、
浅井家の出城の中でも最も重要な城の一つです。
お市の方も浅井長政に嫁ぐときに
伊吹山の雪を見上げてこの横山城に滞在しています。
また、織田信長が姉川の合戦に勝利した後この横山城を占拠していたため、
浅井家の支配エリアは小谷城下のごく限られた部分しかなくなったといわれています。

長浜駅から自転車で30分もかからないですかね。
今は石田山公園という名前になっています。
入り口は3つあるのですが、オレは日吉神社側から登ろうとしました。
登ろうとした、というのはどういうことか。
はい、登れなかったのです、ここまできて。

以下理由。
1・前夜の少しの雨で山道グチャグチャ
2・蜂の大群がぶんぶん
3・ただでさえ藪道なのに何重ものくもの巣
これ以上にオレの戦意を喪失させるものがあるでしょうか。
まあ、ここはまたいつか来ます。

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左:日吉神社鳥居
右:横山城登山道入り口


さて、この付近の住所は石田。
文字通り石田三成にちなんだ場所です。
生誕の地だそうですよ。

e0082441_2223554.jpg人気も無いところに生誕碑がたっていました。
これ、気付くのかな・・・


いいさいいさ、横山城よりもっと見たいものがあったので、いいさー。
って、何かって言うと「遠藤塚」です。

浅井家には遠藤喜右衛門尉直経という武将がいました。
オレの最も好きな武将の一人です。
彼は姉川の合戦で戦死します。
その際、敗色濃厚の浅井軍を見、最期の行動に出た逸話が有名です。
見方の敗残将の首を持ち信長陣中に単騎突入します。
信長軍の武士のふりをし「浅井軍の武将の首を取ったのでその報告がしたい」と言って、
信長を探します。
信長と刺し違えるつもりだったのですが、信長まで数メートルに迫った時、
竹中半兵衛の弟に見抜かれ討ち取られたといわれています。
このエピソードはどこまで真実かはわかりませんが、
逸話が多いのが特徴の武将です。

その他、信長と縁戚になった後信長が数騎で北近江にきていた時、
今後の憂いをなくすために暗殺を勧めたり、
信長が朝倉攻めを敢行した際、家臣の多くは離反を支持したが、
すでに信長には勝てないことを悟った直経だけが反対していたとも言われています。

この遠藤塚、姉川の合戦の際、直経が討ち取られた場所だそうです。
田んぼの中に突然現れるのですが、
地元の人の強い尊敬を受けているのでしょうか、
いまでも綺麗に供養され続けています。

e0082441_22449100.jpge0082441_225398.jpg左、遠藤塚
右:塚の横に立つ説明版。
  元々は場所が離れてたらしいですが
  ここに戻したそうです



e0082441_226874.jpge0082441_2261821.jpg
左:遠藤塚から横山城を見る
右:遠藤塚から小谷城を見る
  彼はどちらにも戻ってきませんでした。


さて、横山城の端には前方後円墳があるのです!
オレ、生まれて初めてみたよ、古墳。

e0082441_22105659.jpge0082441_2211561.jpg古墳中景
右:看板、手前にはなんと姉川までの指示板が


って、行かないわけにはいかないじゃないですか。
まあ、姉川の合戦場は以前も言ったのですが、ここから500Mだっていうからさ。
って、またまたやってきましたよ。
なつかしいなあ。

e0082441_22131082.jpge0082441_22131742.jpg左:まあ、看板ですね
右:布陣図があるのです。


姉川の合戦では浅井朝倉連合軍対織田徳川連合軍が戦いました。
当初は人数の少ない浅井軍が優勢でした。
朝6時前、深いもやの中で信長軍が動き出そうとした時、
浅井軍の先鋒はすでに川を渡り終えようとしていたといわれています。
浅井軍は織田軍に優勢でしたが、朝倉軍は徳川軍に押し込まれます。
朝倉軍は当主の義景ではなく一門の健景が総大将でした。
ああ、このとき朝倉側に義景がきていれば朝倉軍の士気も高くなっていたのに・・・
義景の馬鹿あ!
結局お昼前に合戦は終わり、姉川は血で染まったといわれています。

e0082441_22133984.jpg姉川はその後何を見てきたのでしょうか。
ここで激戦があったとは想像できないくらい穏やかです。



さて、突然ですがここで今回の旅のオレの相棒を紹介しましょう。
名前は「かっとびハヤブサ源吉くん4号」、ツルモクのパクリです。
以下「かっとび」と略します。
1号2号は実家に、3号は現在用賀で乗っています。l
いやあ、こいつじゃじゃ馬なんだよ。
文字通りお尻が痛い。
でも、悪路にも耐え頑張ってくれました。

e0082441_2220725.jpgこれで何十キロも走ることになるとは思わなかった。
窓口の女性が綺麗だったのを覚えています。


さあ、ここからは結構走ります。
目指すは柏原、遠藤直経の本拠地、須川に向かいます。
国道沿いじゃつまらないのでいろいろ田舎道はしってみました。
田んぼと山が延々と続いていきます。
左手には伊吹山が見えますが、
残念ながら雲がかかり写真には適しませんでした。

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一番奥に雲に隠れて裾だけ見えている山、
これが伊吹山です。



走ること2時間ちょい?
須川の集落にたどり着きました。
ここは本当に小さな集落です。
広大な田んぼの中、山沿いの少し高台になっているところに集落があります。
なぜかみんな古風な立派な家なのですよ。
これは遠目からも壮観でした。

e0082441_22205013.jpgみんなこの辺の農家なんでしょうか。
家がでかい、かっこいい!


ここは、遠藤家か拠点にしていたところですが、
直経のときは重臣は皆小谷城下に住んでいたので、
この須川城は直経の息子が守っていました。
今は須川観音堂として祀られています。

e0082441_22215961.jpge0082441_22221221.jpg

e0082441_22263148.jpge0082441_22264274.jpg少しですが石垣も残っており、
この奥の池はお堀跡かなとも思います。


ここいらへんは少し山に入るところの最後の平地ってかんじで、
すごいのどかなところでした、
少し行くと柏原駅なんですが、柏原宿の名残がほんの少し残っている地域らしいです。
三谷旅館の人に教えてもらったんですが、
残念ながらその名残はオレは発見できませんでした。

ここからは趣向を変えて単純に田舎道サイクリングです。
しばらくは目的地も無いので、中仙道沿いに西進。
といっても、街道沿いではつまらないのであぜ道とか小川沿いとか走ってました。
おかげで何回引き返すことになったか。

e0082441_223127100.jpg旧道と現国道の分岐点です。
旧道行きたかったのですが、
山道にチャリは無理ですね。


んでとりあえず米原まで行ってみることにしたんですよ。
なんでかっていうと若干お腹すきまして。
はい、この日はなんも食ってないんじゃないか?
米原って新幹線もとまる町だし結構いろいろあるんじゃないかな、という憶測です。

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米原駅です。
昔父親からキーホルダーもらった時は、
ヨネバラだと思ってました。


ところが駅前とかにもあんまり何もなくて、
マックとスーパーしかないから、まあいいやってことで続行です。

ここからは一路琵琶湖沿いを北上します。
湖岸通りだったっけかな?
とりあえず琵琶湖沿いにずーっと道があるのですよ。

e0082441_22542663.jpgこんなにマジマジと琵琶湖を見る機会もない。
しばし感動に浸ってました


そういや、以前京都に行った時に唐崎の松あたりは琵琶湖沿いだったんだけど、
日がくれて真っ暗で何も見えなかったんだよな。
ああ、これが近江の海かぁ。

と感動しているのも最初だけ。
この道、風が強いんですよ。
1日田舎道走ってきたぽろりの足も限界に近づいています。
かといってかっとびを捨てておくわけにも行かない。

どうすんだよこれ、などと答えなんてわかりきっている問いを、
何万回も自分に浴びせながら走ってました。
これが無我の境地、なのか?
何か考えるとキレそうだから無心でチャリをこぐオレの姿は、
はたからみたらどんな感じだったでしょうか。
長浜まであと少しという標識が見えてきて本気で涙したくらいです。

さて、この日最後の目的地、徳勝寺です。
ここは長浜の外れにある小さなお寺です。
背後に巨大なマンションが建っていて、遠目にはかなり味気ないですが、
今回の旅の中では結構重要な場所になります。
ここは浅井家三代の菩提が弔われているところなのです。
元来は小谷城下の清水谷にありましたが時を経てここに移設されたそうです。

e0082441_22551485.jpge0082441_22552346.jpg本当に小さなお寺です。
拝もうとしたら犬に吠えられました。


さて、菩提を弔っているといえばこれが無いわけがありません。
そうです、お墓です。
もちろん骨があるわけではありません。
が、浅井家三代の正式な菩提寺として存在している以上、
ここが正真正銘浅井家のお墓なのですね。

e0082441_22553685.jpg
左から長政・亮政・久政のお墓です。
ああ、ここに眠り続ける羽目になるとは・・・
せめて静かに眠ってくださいな


ここで、長浜に戻ってきたって事で軽く腹ごしらえ。
うどんです。
ほんとは別のものを食べたかったんだけど、
夕飯まですぐだし軽くでいいやってことで。

e0082441_2255524.jpgほんとはのっぺいうどんを食べたかったのだが、
お店を間違えました。
でもさっぱりしてて美味かったよ。


ちょっと飲むには時間も早いので、
長浜の町を散策してみました。

e0082441_2256788.jpg長浜城。
オレは秀吉嫌いなので、
今すぐにでも燃やしたい。



ちょっと不思議に思ったのが、長浜と浅井に住んでいる人たちの想い。
なぜなら駅で二つくらい隣の町は浅井家の本拠。
その浅井家の本拠小谷城を攻め落としたのは織田軍。
先鋒は秀吉であり、その功を認められ秀吉は長浜城を与えられました。
長浜に来て初めて城持ち大名になったのです。

浅井に住む人たちは自分たちの地元の英雄を攻め滅ぼした人間が
作った町が目と鼻の先にあることに対しどう思うのでしょう。
オレだったら長浜って名前聞くだけで嫌になると思うのだが・・・

まあ、そんなことどうでもいいか。
酒、酒、酒。
もう暗くなってきたしいいでしょ、飲んでも。
一旦三谷旅館に戻ってひとっ風呂浴びて休憩してから出発!

今夜のお店は・・・、楽庵さん。
昨晩散歩してて目の前通りかかったんだけど、
すごい感じよさそうで絶対今日はここにしようと思っていたんです。

e0082441_22564428.jpg
入り口です。
素敵です。


このひはオレがのぞいたときがたまたまタイミングよく一人分席が空いてたんだけど、
オレの後ろからは断ってました。
ラッキー!

ここでは結構飲みましたね。
お店の人とも結構会話が弾んで。
実はここの店長さん、オレと同い年なんですよ。
しかも銀座のお店で働いていたというこてこての江戸っ子らしいです。

親戚が長浜にいて関西に料理を勉強しているうちにお店を開いてしまったそうです。
長浜は観光地なのでたいがいの飲食店は観光客相手の商売路線らしい。
この店は地元の人相手を貫いているそうです。
なるほど、地元の若い女の子達がいるいる。

だからメニューも「琵琶湖特産」とか「北近江名産」とかのものはつかわない、
普通に会社帰りのオレらが普段飲み屋で食べたいと思うものを逆に選ぶらしいよ。
それがいいかどうかはわかりませんが、少なくともうまく行っているようです。
長浜で飲む人たちの絶対数が少ない中で、パイの取り合いはしないってことですかね。

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おススメの秋刀魚です。
北近江、全く関係なし。


結構飲んだかね。
昨日と同じように小雨降ってますが気にせず散歩です。
夜の散歩ってすごい気持ちいい。
ああ、古い町並みっていいよなあ。

三谷旅館に戻ってみたら、
何か知らないけどオレが今日1日チャリで行動してたことがばれてる。
ご主人も「あそこまで自転車で行ってきたんですか!」と驚いてました。
そりゃそうだよ、走ってるオレだって「これ、帰りはやばいだろうな」って思ってたもの。

おかげで今夜はぐっすりさ。
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by porori001 | 2007-10-16 23:49 | ぽろりの北国街道一人旅

ぽろりの北国街道一人旅~3日目~

さて、今日でこの旅も最終日です。
三谷旅館さん、すっごいいい人たちだったな。
長浜に来ることはしばらく無いだろうけど、
もしまた来る機会があったらぜひとまりますよ。

今日の工程は長いので電車の移動がメインになります。
まずは北陸本線で長浜から北上します。
河毛駅下車。

そうですよ、本日は小谷城下まで足を伸ばすのです。
うわー、すっげえ懐かしい。
前に来たときも同じような時期だったけど、
ああ、すごい懐かしい!

e0082441_2259513.jpg
長政&お市。
この銅像はどういうコンセプトなんだろう・・・


ここでも、チャリが有効手段です。
余談ですがこの旅でチャリの有効性を勉強しました。
今後、いろんな旅で使うことになりそうだな。

前に来たときは小谷城まで結構長い道歩いた気がしたんだけど、
今走ってみると結構そばだったんだね。

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辻々にはこのように小谷城まで
道が案内されています。


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小谷城跡全景。
これ近くまで行くと
すごい標高高い山なんですよ。


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小谷城跡のふもとにある案内板。



小谷城は戦国史上有数の山城でした。
落城してから特に誰もいじらなかったので、
土塁・石垣などかなり当時のままの形を保ってます。

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小谷城跡登山道。
一軒舗装された綺麗な道ですが、
しばらく進むと大手門あたりから獣道のようになります。


さて、今回の目的地は小谷城下。
けして、小谷城ではありません。
小谷城は前回登ったので今回はスルー。
(まあ、ちょっと見たいものがあるのであと1回は最低行かないといけないのだけど)

小谷城下の中で来たかったのは小谷寺。
お市の方が長政の菩提を弔うために松の木を植えたというお話があります。
その切り株が山門の横にあります。
が、その写真が無いのです。
確かに撮ったはずなのに残ってないでのです!
なぜに!

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入り口から見た小谷寺。
静かですよ。

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三門。
この下に切り株があります。

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お稲荷様がありました。

e0082441_234739.jpg
鐘です。
これが鳴り響くのは
どういうときだったのでしょう。

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小谷寺中景。


この寺は元々400Mほど離れた場所にありましたが、
小谷城落城時に焼失。
その後、秀吉と家康の命で復興されたそうです。

この寺の背後に回ると少し山の中にいけるのです。
が、横山城のように今回も行けませんでした。
蜂です、またもこいつらです。
なに?今って蜂が出る季節なの?
1・2匹ならいいんですが、その数半端無いんですよ。
ここまで多いとおぞましいよ。
だけどこのお寺に来るのは念願だったのでかなり満足ですよ。

さて、お次は小谷城下にある重臣町跡っていえばいいんですかね。
清水谷です。
この清水谷というのは小谷城に深くくいいる形で存在する谷です。
ここには浅井家のなかでも重臣が集められ住ませられてました。
前出の磯野員昌の館も遠藤直経の屋敷もここにありました。

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小谷城全図。
二つの尾根に城が続き、
間の谷に街が存在していることがわかります。


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いたるところにこういった石板があり、
史跡を解説しています


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この道は小谷城の大手門に続きます。
清水谷と城を結ぶ道の一つです。


e0082441_2361970.jpg
清水谷へ続く道。
この先に遠藤直経館跡もあります。
ここから先が清水谷の面白いところです。


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しかし、こんな看板があったために
先に進めませんでした。
ああ、オレってへたれだ・・・


ってことで、ここまで来て清水谷の醍醐味を体験しないまま
小谷城下を離れることになりました。
まじすか・・・

ここでタイムアップ、名古屋まで延々電車に乗り名古屋からのぞみで帰ります。
のんびり電車で寝てもいいし、景色を見ててもいいし、
帰るの嫌だけど次の日から仕事だからなぁ。

やはり北近江というのはいろんなものが野ざらしで残っていて本当に面白い。
本当はもっと大切なものもあったのかもしれないけど、
全部を見るのは不可能ですよね。
またいろんな本とか読んで興味が出てきたら来たいと思います。

オレの旅にはあんまり人は登場しません。
なぜならそういうの苦手だからです。
ほとんど一人ですし、話すことも無いです。
今回はほとんど鼻歌歌いながらチャリをこいでいる旅でした。
でも、こういうのが本当に好きなのでめちゃめちゃ良い旅でした。
ああ、田んぼと山っていいなあ。
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by porori001 | 2007-10-16 23:43 | ぽろりの北国街道一人旅

ぽろりの北国街道一人旅~オマケ~

ここから先はオマケ。

名古屋にきたら名古屋飯でしょ。
で、名古屋といえば味噌煮込みうどんでしょ。
で、味噌煮込みうどんっていえば山本屋でしょ。

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味噌煮込みうどんです。
関東者のひ弱なオレは麺柔らかめでたのみました。


e0082441_23205569.jpg
看板です。
ちょっと恥ずかしかったけど、
まあいいでしょ。


ああ、満腹満腹。
これが味噌煮込みうどんか、などと言っていたら、
すぐ隣に寿がきやが!
いや、これは行かない理由が無い!
ってことで、2分もたたずにはしごです。

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おお、これが有名な寿がきやか!
カップ麺でしか食べたこと無いですからね。


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おお!
カップ麺のまんまの味ですよ!


この跡はしばし名古屋観光。
これはきつい。
このお腹の状態で歩くのはかなり厳しいよ。

さて、名古屋名物といえば名古屋城?
もちろん城巡りを締めくくるにはこれくらいの城でなきゃ。
別に興味ないけど。
って、入るのにお金がいるんだってさ。
はい、却下。

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名古屋城は空堀なんですね。


あとはもううだうだ。
お茶したり、お茶したり、お茶したり、迷ったり。
で、なんで名古屋にこんなに滞在したかって言うと・・・

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モリヒデと宴会が待っていたのです!


いやあ、飲んだ飲んだ。
久しぶりだからすげえ飲んじゃったよ。
いろいろ語ったねえ。

モリヒデは彼女連れて多治見に戻ったんだけど、
オレが飲みに誘ったら即答でOKでした。
そん時に「いや、僕もぽろりさんに話したいことがあるんですよ」とか言ってたから、
なんか怪しいなとは思ったんだが。

来年の5月に結婚するって話だったんだ。
ところがどっこい何か一年ほど延期するらしくて。
その話からスタートなんで二人がん飲みですよ。

まあ、ほとんど馬鹿な話だけど、
オレにしては珍しくいろいろまじめな話もしたねえ。
気付けば最終ののぞみまであと10分!
猛ダッシュでお会計して駅まで突っ走りました。
ここから先はどうやって家に帰ってきたのか記憶が無いです。

モリヒデ、また飲もうぜ!
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by porori001 | 2007-10-16 23:41 | ぽろりの北国街道一人旅