2007年 03月 05日 ( 2 )

2007/3/5  気が早いけど

そろそろ花見じゃないですか?

今年の東京の開花予想は20日だそうです。
いやあ、楽しみですね。
しかもそのあたり土日祝日が多いのでかなりな確率で実行できそうです。

去年は、ああ、山手線に体当たりしたって逸話作ったな。
今年は遠出するかなあ。
さすがにゆっくり花とか愛でるような風雅溢れる日を送りたい。

ゴトゴト電車に乗って、有名な桜でも見に行こうか。
温泉につかって、うまいもの食って、いい空気吸って。
うわー、それ良いなあ。
でも、今からそんな時期宿取れないよね。

夜桜の綺麗なところ行ってみたい。
桜って何かこう神秘的じゃないですか。
昼間の鮮やかな色合いは本当に綺麗だと思うけど、
暗闇に浮かぶ桜の木というものはまた一段と麗しい。
千鳥ヶ淵なんかもわざわざライトアップなんてしなくて良いのにな、
と思うのはオレだけかな。

今年はどんな花見になるのか今から楽しみです。
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by porori001 | 2007-03-05 22:58

2007/3/4  自由であるということ

自由であるということ。
自由であるということはどういうことだろうか。

当たり前のことを考えてみる。
日常の生活ではわざわざそんなこと考えない。
しかし、オレは確かに自由な生活を送っている。
オレだけじゃない。
多くの人が自由を謳歌している。

しかし、この「自由」というものも人によって感じ方が違う。
ある人からすれば「あんな不自由な・・・」と思うことでも本人からすれば
とてつもないフリーな状態だったりする。

そこには「正義」という名の下に何をしても許されることを自由だと感じる人間もいれば、
宗教という絶対的な規律の下で生活を行うことを自由だと感じる人間もいる。
こと日本でも憲法上は「公共の福祉に反しない」程度で自由が約束されている。
「公共の福祉」、つまり「他人の自由を侵害しない範囲で」というあいまいな制約だ。

オレにとって自由とは制約のある生活の中で
一定時間負荷のかからない状態が「望める」状態を指すのではないだろうか。

たとえば、毎日仕事がある。
これがなきゃ人生どんなに良いだろう。
そりゃ、誰だって毎日遊んで生活できるならそうするでしょう。
でも、オレはできない。
だからこそ、たまに旅行に行ったりすると
「ああ、何事も考えなくていい自由な生活っていいなあ」
と憧れる。
でも、それは幻想でしかない。

オレだけじゃない。
多くの人は多大な制約の下に生きている。
その状態でなくなったときにはじめて「オレは自由だ」と感じる。
何事も自由にならないから、「自由である」と錯覚するすることを望める。

きっと「何やってもお前の思い通りだ」という世界に行ったら、
オレは気が狂って死んでしまうと思う。
仕事も、金も、女の子も、何事も思い通りにならない。
だから、オレは自由を感じられる人間なんだ。
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by porori001 | 2007-03-05 22:10