2007/3/4  自由であるということ

自由であるということ。
自由であるということはどういうことだろうか。

当たり前のことを考えてみる。
日常の生活ではわざわざそんなこと考えない。
しかし、オレは確かに自由な生活を送っている。
オレだけじゃない。
多くの人が自由を謳歌している。

しかし、この「自由」というものも人によって感じ方が違う。
ある人からすれば「あんな不自由な・・・」と思うことでも本人からすれば
とてつもないフリーな状態だったりする。

そこには「正義」という名の下に何をしても許されることを自由だと感じる人間もいれば、
宗教という絶対的な規律の下で生活を行うことを自由だと感じる人間もいる。
こと日本でも憲法上は「公共の福祉に反しない」程度で自由が約束されている。
「公共の福祉」、つまり「他人の自由を侵害しない範囲で」というあいまいな制約だ。

オレにとって自由とは制約のある生活の中で
一定時間負荷のかからない状態が「望める」状態を指すのではないだろうか。

たとえば、毎日仕事がある。
これがなきゃ人生どんなに良いだろう。
そりゃ、誰だって毎日遊んで生活できるならそうするでしょう。
でも、オレはできない。
だからこそ、たまに旅行に行ったりすると
「ああ、何事も考えなくていい自由な生活っていいなあ」
と憧れる。
でも、それは幻想でしかない。

オレだけじゃない。
多くの人は多大な制約の下に生きている。
その状態でなくなったときにはじめて「オレは自由だ」と感じる。
何事も自由にならないから、「自由である」と錯覚するすることを望める。

きっと「何やってもお前の思い通りだ」という世界に行ったら、
オレは気が狂って死んでしまうと思う。
仕事も、金も、女の子も、何事も思い通りにならない。
だから、オレは自由を感じられる人間なんだ。
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by porori001 | 2007-03-05 22:10


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