2006/8/15 終戦と死線

最近会ってない人が大勢いる。
かと思えば最近会い始めた人もいる。

人間関係っていつだってそういうところから考え始めてしまうんだろう。
オレはそんなに友人の多い方ではないから、
いつもいつも友達と過ごしているわけではなく、
ご存知の通り一人で休日を過ごすことが多い。

人間一人だといろいろ考えてしまう生き物だ。
最近は友人がオレに与えてくれるだけの安心感や幸福感を
果たしてオレが同じように周囲の人間に与えてあげれるか、
そんなことを真剣に考えてしまう。

ほぼ全ての事象においてオレは周囲の人間に「もらう」ばかりだ。
少なくともオレのような弱くて不甲斐ない人間に、
何かを求めるような人間はオレの周囲にはいないはずだ。

こういうことを考えると、自己否定に陥りやすい。
夏目漱石風に自己分析を考えれば、
「究極の自己否定がゆえに自殺をしなくてはならなく」
なってしまいそうな現代人は多いのではないか。
オレは自殺なんて全くしようとは思わないから、
自己否定方向ではない。

万に一つオレのような人間でも、
何かを与えることができるのではないか。
いや、きっとあるはずなんだ、と思う。

「今」の自分は、いつだって常に「本当の」自分なんだ。
だから、「今」の自分で十分に周囲の人間に
何かを与えることができるはずなんだ。
それが果たして周囲の人間が本当に望むものなのか。
輝くようなものかもしれないし、
どうでもいいものかもしれない。
今の段階ではまだどっちでも良いのかもしれない。

ただ、最近思ったのは、
自分から見た他人にとって「何か足りないもの」を自分が与えたいと願うなら、
その相手は自分と全く違うような人間である可能性があると言うことだ。
つまり、類は友を呼ぶではみんな似たり寄ったり。
補完なんて必要ない。

最近会わない人。
最近会い始めた人。
とても変な言い方だが、
果たしてオレはどこの誰にとって「あたえ給う」べき人間になれるのか。
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by porori001 | 2006-08-16 00:58


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